しなやかでチャーミングな「シルエット・ロマンス」大橋純子はつかの間のヒロインじゃない！

大橋純子、スタイリッシュな女性の美意識を体現

大橋純子の「シルエット・ロマンス」を聞くと、柔らかい絹に包まれているような気持ちになる。来生たかお＆来生えつこコンビによる曲と詞は、深く染み込むように官能的だが、決してあけすけにセクシーではない。上質な絹のようにしなやかでチャーミングだ。それは曲を歌うシンガー、大橋純子の魅力を形容する言葉でもある。

平成生まれの私が初めて大橋純子を知ったのは、中学生の時だった。フジテレビで放送されていた音楽番組『HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP』がきっかけだった。スタジオで披露された「シルエット・ロマンス」を聴き、それまでの人生で出会ったことがないような大人っぽさにうっとりした。少し怖いと思っていたダウンタウンの２人が、真剣に聴き入っているのを観て「ダウンタウンにとっても、大橋純子さんは大人のお姉さんなんだ」と新鮮に感じたのを覚えている。

出会いがリアルタイムのテレビ番組だったこともあり、私の中で大橋純子は圧倒的に “今” のシンガーだが、同時に強く80年代の都会を感じさせる存在でもある。それは、彼女の姿が、当時のスタイリッシュな女性の美意識を体現しているからだ。

現在にいたるまでトレードマークのショートヘアに、凛とした切れ長の瞳。大橋純子は、イラストレーターの鶴田一郎の美人画に似ている。80年代から十年以上に渡って化粧品メーカー、ノエビアのCMに起用されたことでも有名な彼が描く美人は、主体的に恋し、仕事をする新時代の女性を思わせる。それは大橋純子の魅力とまさに共通していて、強くしなやかな女性が現れ、闊歩した80年代の都会への憧れをかき立てるのだ。

まさに４分40秒の映画「シルエット・ロマンス」

ところで、私は「シルエット・ロマンス」の歌い出し、「♪ 恋する女は夢見たがりの いつもヒロイン つかの間の」という歌詞がとても好きだ。人生で、時折ほんの一瞬感じる、自分が映画の主人公になったような幸福感と没入感を思わせる最高の歌い出しだと思う。ここから展開される曲の世界は、まさに４分40秒の映画だ。

子供の頃、母に「人生に映画みたいなことって本当にあるの？」と尋ねたら、「さわりだけなら」と応えられたことがある。そういえば母は「シルエット・ロマンス」が好きだった。

恋する女は、誰しもヒロイン。でも、ほんのつかの間の… と、思っていたが、そうとは限らないと考えを改めた。それは、2020年９月19日にBS-TBSで放送された、音楽番組『Sound Inn “S”』の大橋純子の回を観たのがきっかけだった。

やっぱり歌が好き、音楽と大橋純子は両想い

『Sound Inn “S”』はライブ形式の歌番組である。セットリストは「シルエット・ロマンス」で幕を開けた。

放送当時、歌手生活46年を迎えた大橋純子の声は、力強く、そレでいてしなやかで、染み込んでいくようだった。彼女が着ていた真っ白い衣装のような、美しい布に包まれているような感覚をおぼえる。

番組で共演した音楽家の斎藤ネコは、大橋純子を評して「あの域にいくと、いい意味でモンスター」と語った。全くその通りだと思う。キャリアを重ねてなおいっそう伸び伸びと、軽やかに、力まないで歌う彼女は驚異的なシンガーだ。音楽が彼女に恋しているようだった。

ライブの終わりに、大橋純子は「改めて歌に対する執着が強まった。やっぱり歌が好き、歌うことが好きだと思った」と語る。音楽と彼女は両想いなのだ。大橋純子は確かにヒロインで、それは「つかの間の」ではなく、キャリアを通してずっとそうなのだと思う。彼女の歌手生活は、46年間の、そしてこれからも続く映画なのかもしれない。映画みたいな素敵な時間が、“つかの間” とは限らない。

今日、大橋純子は71歳の誕生日を迎える。こんなに素敵な71歳が実在することも、“映画みたいなこと” だと思うのだ。



2021.04.26